X市職員採用試験Part.12

ジーッ…ジジジ――。

本当は、そんな音を期待していた。
だが実際にどんな音が流れたのかは、もうよく覚えていない。

コンビニの片隅で、賃貸の管理会社宛てに解約通知書(退去届)をFAXした。
用紙が吸い込まれ、機械が仕事を終えるのを待つあいだ、私は不思議なほど落ち着いていた。

これで、後戻りはできない。
あとは新居への引っ越し準備をするだけだ。

――数日前のことになる。

私はわざわざX市まで出向き、駅前の不動産屋のドアを開けた。
今日は賃貸借契約の日だった。

宅建士から一通りの説明を受ける。
民法は公務員試験で一通りかじっている。抵当権だの、連帯保証だの、内容自体に戸惑いはなかった。

問題は、契約書の「勤務先」の欄だった。

私は迷わず、そこに「X市役所」と書いた。
そして、最終合格通知の写しを差し出した。

「あの……内定通知ではないんですが、大丈夫でしょうか」

少し声を落としてそう尋ねると、大柄で口ひげの店長はあっさりと言った。

「最終合格なんだから、内定みたいなものでしょ。市役所で働くなんて、すごいね」

その言葉に、私は救われた気がした。
第三者の断定は、ときに自分の不安を雑に、しかし確実に押し流してくれる。

――きっと大丈夫だ。
そう思うことにした。

それから、慣れない手つきで荷造りを始めた。
多少段取りが悪くても構わない。
なにしろ、もうすぐ公務員になる男なのだから。

真冬の引っ越し準備は、想像以上に体にこたえた。
それでも、退職前に先輩が食事に連れて行ってくれたこともあり、気持ちまで折れることはなかった。

こうして私は、X市への引っ越しを終えた。

残るのは、ただ一つ。

――内定通知を、待つだけだった。

市役所
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管理人

公務員試験で採用漏れになり何もかも失った公務員試験バカ。
市役所に最終合格したので仕事を辞めたものの、結局4月採用の連絡は来ませんでした。
受験歴は学生時代に17自治体、社会人時代に10自治体。
公務員試験の真相を詳らかするため、ブログで発信しています。

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