特別区職員採用試験

今、勉強しておけば、後々楽になる。

私は、そう信じていた。

周りの人間が遊んでいる間に、自分は勉強する。

今は我慢するしかない。

その代わり、こいつらが将来苦労するときに、私は苦労せずに済むはずだ。

それだけが、私のモチベーションだった。

ところが、どうだろう。

無職になった今も、私は自治体の採用ページを閲覧している。

どうにも、やめられないのである。


心のどこかに、未練があるのだろう。

気づけば、10代は高校受験と大学受験に費やし、20代は公務員試験に費やしていた。

人生で最もエネルギーがあり、挑戦も失敗も許されると考えていた貴重な時間を、私はドブに捨てたのだ。

同世代に比べて、社会的な経験も乏しいと感じている。

同世代が経験してきたであろう、キラキラした青春。

私には、そういうものがなかった。

「そんなもの、俺にもなかった」

そう言う人もいるだろう。

もちろん、誰もが充実した青春を送れるわけではない。

勉強しなかったからといって、楽しい毎日が待っていたとも限らない。

そんなことは、私にもわかる。

しかし、私が悔やんでいるのは、単に楽しい経験をしなかったことではない。

そういう経験ができたかもしれない可能性を、自分から捨ててきたことだ。

勉強しなければ、別の人生があったのではないか。

受験に費やした時間を、ほかのことに使っていたらどうなっていただろう。

誰と出会い、何を経験していたのだろう。

実際には存在しなかった人生である。

確かめようがない。

だからこそ、反実仮想の「仮想」ばかりが、これでもかと膨れ上がっていく。

私は、すべて我慢してきたつもりだった。

今は勉強する。

将来は楽になる。

そう考えていた。

しかし、将来になってみると、まだ公務員試験の採用ページを眺めている。

しかも、以前とは事情が違う。

自治体によっては、年齢要件に引っかかることが多くなった。

かつては、どの自治体を受験しようかと考えていた。

今では、そもそも受験資格があるのかを確認しなければならない。

年齢を考えれば、経験者採用試験を受けるような時期である。

当然といえば、当然だ。

それでも、自治体の採用ページを開いてしまう。

何とも往生際の悪い人間である。

そんな採用情報を眺めているうちに、学生時代に受験した特別区のことを思い出した。

私が、ひそかに第一志望としていた採用試験である。


当時、特別区の採用試験は6月に行われていた。

私は、東京で働きたかった。

できれば都会がいい。

ただし、都会で働きたいからといって、その土地になじめる自信があるわけではない。

私は地方出身者である。

特別区であれば、同じように地方から出てきた人間も多いのではないか。

それなら、自分も浮かずに済むだろう。

そんなことを考えていた。

区政への関心も大切なのだろうが、私にとっては、自分がその場所で働く姿を想像できることも重要だった。

こうして、特別区はひそかな第一志望になっていた。

試験会場は、都内の某大学だった。

第1次試験は筆記試験なので、私は私服で向かった。

以前受験した警視庁警察官採用試験では、周囲がスーツ姿ばかりで、私服の私は随分と浮いてしまった。

しかし、今回は違った。

ほとんどの受験者が私服である。

もちろん、スーツ姿の人もそれなりにいた。

しかし、少なくとも今回は、服装だけで自分が場違いだと感じることはなかった。

受付を済ませ、指定された教室へ向かう。

ところが、まだ教室に入ることができない。

時間になるまで、扉の前で待機することになっていた。

20分ほどは待っただろうか。

受験者たちは、それぞれ通路で参考書を広げ、最後の確認をしていた。

試験科目は、教養試験、専門試験、小論文である。

昼休みを挟んで、一日がかりだ。

なかなか体力を使う。

私は、それまで懸命に専門科目を勉強してきた。

今、勉強しておけば、後々楽になる。

そのためには、まずこの試験を突破しなければならない。

いよいよ試験が始まった。


試験を終え、私は会場を後にした。

正直、手応えはまるでなかった。

あれほど勉強した専門科目も、思いどおりには解けなかった。

しかし、筆記試験はマークシートである。

わからない問題があっても、何かしら解答することはできる。

もしかしたら、正解している問題も多いのではないか。

そんな期待が、どこかに残っていた。

特別区は、私にとって第一志望だった。

第1次試験さえ突破できれば、区役所職員への道が大きく開けると考えていた。

当時の私の理解では、第2次試験の倍率は第1次試験ほど高くなかったからだ。

面接には苦手意識があった。

しかし、その面接を受けるためにも、まず筆記試験に合格しなければならない。

私は、結果に期待した。

何より、特別区に合格できれば、早ければ夏休みの頃には就職先が決まると思っていた。

そうなれば、卒業まで安心して過ごせる。

大学4年生にもなると、周囲から就職活動の状況を訊かれる。

卒業論文も書かなければならない。

早く就職先を決めて、そうしたことに煩わされず、落ち着いて学生生活を送りたかった。

今、頑張っておけば、あとで楽になる。

ここでも、私は同じことを考えていたのである。

受験勉強を終えれば、ようやく安心できる。

公務員になれば、これまでの努力が報われる。

そのために、今は我慢する。

ずっと、そうやって生きてきた。


後日、合格発表があった。

不合格。

当たり前か。

筆記試験の手応えが、まるでなかったのだから。

それでも、少しは期待していた。

マークシートなのだから、たまたま正解している可能性もある。

そんなことを考えていたのだろう。

確か、成績開示もした覚えがある。

ただし、詳しい結果はもう覚えていない。

順位も、たぶん下から数えた方が早かったのではないかと思う。

何とも情けない。

あれほど勉強してきたというのに。

専門科目に費やした時間は、いったい何だったのだろう。

今まで懸命に勉強してきたことが、馬鹿馬鹿しくなった。

努力が、一瞬にして泡と消えたように感じられた。

もちろん、勉強した内容が頭から消えたわけではない。

しかし、私が欲しかったのは、勉強したという事実ではなかった。

合格である。

特別区の職員になることだった。

そのために、学生生活の時間を費やしていたのだ。

ところが、第一志望の採用試験は、第1次試験で終わってしまった。

面接を受けることすらできなかった。

そして、私はまた別の公務員試験を探すことになる。


無職になった今も、自治体の採用ページを閲覧している。

学生時代には、第一志望の特別区に落ちた。

その後も、公務員試験に時間を費やしてきた。

年齢を重ね、受験できる試験は以前とは変わった。

それでも、採用ページを開いてしまう。

今、勉強しておけば、後々楽になる。

そう信じていた頃の私は、今の自分をどう思うだろう。

10代の私も、20代の私も、将来のために現在を我慢していた。

そして現在の私は、我慢してきた過去を悔やんでいる。

第一志望だった特別区の第1次試験に落ちたとき、私は思ったほど落ち込まなかった。

それまでにも、何度も失敗してきたからだろう。

負け癖がついていた私には、ダメージが少なかった。

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末路

公務員試験で採用漏れになり何もかも失った公務員試験バカ。
市役所に最終合格したので仕事を辞めたものの、結局4月採用の連絡は来ませんでした。
受験歴は学生時代に17自治体、社会人時代に10自治体。
公務員試験の真相を詳らかするため、ブログで発信しています。

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