高齢公務員受験生は記憶力に長けているのだ。
一度歩いた道など、軽く覚えてしまう。
私はそう自負していた。
だから、横浜の日本大通り駅を降りたときも、スマホの地図アプリを開く必要など感じなかった。
神奈川県庁へは、以前にも来たことがある。
横浜の景観も、今や慣れたものだ。
浜風を切って歩く。
道中、大学生風の陽キャグループとすれ違った。
しかし、私は彼らとは違う。
遊びで来ているのではない。
仕事で来ているのだ。
もっとも、神奈川県庁に採用されたわけではない。
これから合格者の掲示を確認しに行くだけである。
それでも、私は7割方合格していると思っていた。
4か月後には、この横浜の街をスーツ姿で颯爽と歩いているのかもしれない。
しばし想像してみる。
悪くない。
前回までの記事で、神奈川県秋季チャレンジの試験再現は終了した。
今回は、最終的な結果と成績開示、そして私が行った試験対策について書こうと思う。
思えば、長い道のりだった。
社会人になってから、公務員試験を受け続けていた。
A日程、B日程、C日程。
序盤から落ち続け、気づけば秋になっていた。
もはや、秋季チャレンジに賭けるしかない。
学生時代にも不合格になった試験である。
あれから2年。今度こそ合格したい。
第1次試験に合格してからは、できる限りの対策をした。
まずはグループワークである。
秋季チャレンジのグループワークには、一つ特徴があった。
討論するテーマが、事前に通知されるのだ。
私が受験した年は、「世界に普及・浸透させたい日本の文化を5つ挙げ、順位をつけ、その理由を説明する」という趣旨の課題だった。
テーマを事前に知らせるということは、それだけ考える時間が与えられるということである。
となれば、当日の討論も相応の水準になるのではないか。
私は、そう予想した。
これまで受験してきたグループワークは、合格と不合格が五分五分といったところだった。
万全を期したい。
今回ばかりは、自信を持って試験に臨みたいし、後悔だけはしたくない。
そこで私は、模擬討論を実施してくれる公務員予備校に電話をかけ、対策講座を予約した。
本番の前に一度でも集団討論を経験できれば、それだけで安心材料になる。
当然、毎日仕事もしていた。
仕事をしながら、頭の中では公務員試験のことばかり考えていた。
いつ内定が出るのだろう。
会社はいつ辞めようか。
私は手帳を眺めながら、理想のスケジュールを組んでいた。
まだ合格していないのに、退職する時期だけは考えている。
気が早いといえば、それまでである。
そんなある日、職場の昼休みに公務員予備校から電話がかかってきた。
予約していた模擬討論の講座についてだった。
申込者数が少なく、模擬討論が成立しないため、開講できないという。
困った。
私は万全を期したかったのである。
ところが、討論の練習をしたくても、討論する相手がいないらしい。
仕方がない。
私は別の方法で対策を進めることにした。
公務員予備校の講師が書いているブログを、片っ端から読み漁った。
そこで気づいたのは、課題文の言葉をどう解釈するかという問題だった。
今回のテーマでいえば、「普及」と「浸透」である。
日本の文化を世界に普及させることと、浸透させること。
似たような言葉に見えるが、意味は同じだろうか。
単に文化が広く知られるようになれば、それで普及したといえるのか。
では、浸透するとは何か。
その文化が実際に受け入れられ、人々の生活に根づくことまで考える必要があるのではないか。
私は、そんなふうに課題文の意味を考えた。
言葉の解釈が曖昧なままでは、討論も曖昧になる。
まず、何を話し合うのかを明確にする。
それが重要だと考え、自分なりの意見をまとめて本番に臨んだ。
実際のグループワークについては、Part.4で詳しく書いたとおりである。
自分では、会心の出来だったと思っている。
司会者も有能だったし、私は議論が本筋から外れたときに、適切な方向へ戻すような発言ができたと感じていた。
終わったときには、心の中でガッツポーズである。
きっと8割は超えているだろう。
私が高得点でなければ、いったい誰が高得点を取るというのか。
本気でそう考えていた。
続いて、個別面接の対策である。
厄介なのは、5分間のプレゼンテーションだった。
これまでの公務員試験では経験したことがない。
何をどう話せばよいのか。
私は公務員予備校の対策講座を受講した。
模擬面接ではなく、座学形式の講座である。
しかし、過去の受験者に関する情報を得ることができたので、有意義だった。
そこで学んだのは、プレゼンテーションでは、質問に対してシンプルに答えることが重要だということだった。
今回、求められていたのは「意欲・向上心・行動力」のアピールである。
まず、冒頭でプレゼンテーション全体の流れを説明する。
次に、意欲、向上心、行動力について、一つずつ具体的な経験を挙げる。
例えば意欲について話すなら、それが伝わるエピソードを選び、当時の状況と自分の役割を説明する。
そして、自分がどのように考え、どう行動し、その結果何が変わったのかを述べる。
向上心と行動力についても同様である。
最後に、神奈川県庁で働くうえでの抱負を述べる。
なるほど。
やるべきことが、少し見えてきた。
もっとも、仕事をしながらの対策である。十分な時間があったわけではない。
付け焼き刃の準備になったことは否めない。
それでも、不思議と力が漲ってきた。
もしかしたら、合格するかもしれない。
私はそれまで、自分など県庁に受かる実力はないと思っていた。
だから、自然と市役所ばかりを志望するようになっていた。
ところが今、県庁勤務というプラチナチケットに片腕を伸ばしている。
わくわくしないわけがない。
学生時代から勉強し、社会人になっても受験を続けてきた。
ようやく、その努力が報われるかもしれない。
そんな期待が膨らんでいた。
もちろん、実際の面接は思いどおりにはいかなかった。
プレゼンテーションは5分間に収まらなかったし、白髪の面接官とは最後まで話が噛み合わなかった。
しかし、面接全体で評価されるはずだ。
ほかの質問には答えられたし、プレゼンテーションの続きを聞いてもらうこともできた。
これだけで不合格になるとは限らない。
私は、自分にそう言い聞かせていた。
さらに、合格への期待を後押しする話もあった。
その年の秋季チャレンジは、例年より合格しやすい穴場試験になるのではないかという予想である。
過去2年間は、採用予定者数40人に対して、最終合格者数が61人から66人程度だった。
一方、受験者数は年々減少していた。
私が受験した年は、採用予定者数が50人に増えている。
民間企業の就職活動が活発になれば、公務員試験の受験者はさらに減るのではないか。
そんな見方もあった。
前年の倍率は14倍ほどだったが、今回はそれより下がるかもしれない。
つまり、合格しやすくなるのではないか。
私は、その予想に期待していた。
過去の試験では不合格が続いている。
しかし、今回は一次試験を通過し、グループワークにも手応えがあった。
採用予定者数も増えている。
こうして材料を並べていくと、何だか本当に合格できそうな気がしてくる。
私はすっかり、その気になっていた。
公務員試験を受けるたびに、私には一つの楽しみがあった。
新居探しである。
学生時代から、採用試験を受けると、インターネットで採用後の住まいを探すのが癖になっていた。
この市に採用されたら、どこに住もうか。
どんな部屋がいいだろう。
せっかく頑張って合格したのだから、綺麗で十分な広さのある部屋に住みたい。
ストレスの少ない生活を送りたい。
それくらいのご褒美があってもいいだろう。
私は不動産会社のサイトを開き、好みの賃貸物件を探していた。
さらに、Googleマップで周辺の街を散策する。
最寄り駅はどこか。
周りには何があるのか。
新しい土地で暮らす自分を想像する。
これがなかなか楽しい。
まだ合格していないのに、頭の中では何度も引っ越しをしている。
当然、神奈川県に採用されれば、県庁へ通いやすい場所に住みたい。
どこがいいだろう。
この辺りはどうだろうか。
本当に妄想は尽きない。
試験を受けるたびに新しい家を探しているのだから、我ながら忙しい。
しかし、現実には引っ越す必要が生じない。
いつも不合格だからだ。
今回こそ、その繰り返しが終わるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、電車が降りる駅に着いた。
日本大通り駅である。
横浜の街は、すでに何度か訪れていた。
学生時代に初めて神奈川県の秋季チャレンジを受験したときも、不合格になった後で成績開示に来ている。
あのとき、横浜は随分とオシャレな街に見えた。
周りに田んぼしかない田舎で育った私には、何もかもが物珍しかった。
それが今では、すっかり見慣れた景色である。
4か月後には、ここをスーツ姿で颯爽と歩くことになるのだろうか。
悪くない。
私はスマホの地図アプリを開かずに歩き始めた。
道など覚えている。
高齢公務員受験生は、記憶力に長けているのだ。
浜風を切って歩く。
途中で、大学生風の陽キャグループとすれ違った。
私は彼らとは違う。
遊びで来たのではない。
仕事で来たのだ。
そう考えながら、歩き続けた。
おや、これは何の建物だろう。
開港記念会館か。
そういえば、2年前にも見た気がする。
こちらは何だ。
横浜商工会議所発祥の地。
そうだった。忘れていた。
なかなか歴史を感じる街ではないか。
ところが、歩いても歩いても県庁にたどり着かない。
おかしい。
仕方なくGoogleマップを開いた。
みなと大通りを、県庁とは逆方向に歩いていた。
チッ。
時間を無駄にしたじゃねえか。
道を覚えていたつもりが、反対に進んでいたのである。
まあいい。
合格していれば、この程度の疲れなど吹き飛ぶだろう。
私は来た道を戻り、神奈川県庁へ向かった。
人生で2度目の、神奈川県庁新庁舎である。
本庁舎と新庁舎をつなぐ渡り廊下には、見覚えがあった。
建物の中に入り、階段で2階へ向かう。
一般の来庁者はほとんど見当たらない。
出歩いている人も少なく、私服姿の私は妙に目立っているように感じた。
合格者の受験番号が掲示されているフロアに入る。
右手に貼り紙があった。
これだ。
私は掲示を見た。
ぱっと見て、嫌な予感がした。
思っていたより、番号が少ない。
順番に番号を確認する。
私の受験番号は、どこだろう。
上から見ていく。
ない。
下まで見た。
ない。
あっという間に、不合格だとわかった。
そんなはずはない。
私はもう一度、最初から番号を確認した。
しかし、ない。
一旦、お手洗いへ行った。
そして、戻ってきてもう一度確認した。
やはり、ない。
何度見ても、私の番号はなかった。
働きながら、一年以上かけて挑んできた公務員試験だった。
学生時代にも不合格になった試験だった。
あれから2年。
今度こそ合格すると思っていた。
それなのに、また落ちた。
私はその場で成績開示をすることにした。
対応してくれた職員は、淡々と手続きを進めていた。
私も、何事もないように振る舞いたかった。
しかし、涙が出そうだった。
必死にこらえた。
職員は、ただ自分の仕事をしている。
その目の前で、私は泣くまいとしていた。
当然、ケーキなど買って帰れるわけがない。
横浜へ向かう電車の中では、食べログでケーキ屋のランキングを調べていた。
合格祝いに、どこで買おうかと考えていたのである。
ところが、実際には不合格だった。
私は逃げるように横浜を後にした。
帰りの車内で何を考えていたのか、よく覚えていない。
公務員のことを考えると苦しくなる。
だから、コンビニの新商品でも検索していたのではないか。
たぶん、そんなところだろう。
成績開示の結果についても書いておこう。
実際の点数をそのまま記載する代わりに、おおよその得点率を示す。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 第1次試験の順位 | 10番台 |
| 最終順位 | 70番台 |
| 第2次試験の総合得点率 | 約40% |
| 論作文 | 約50% |
| グループワーク | 約60% |
| 第1回個別面接 | 約70% |
| 第2回個別面接 | 約30% |
第2次試験の総合得点率は、各試験の配点に基づいて合算したものである。なお、実際の成績開示では、第1次試験の素点や換算点も確認できた。
まず驚いたのは、第1次試験の順位だった。
10番台である。
受験者数は733人。
その中で、私は10番台に入っていたのだ。
Part.2で書いたとおり、基礎教養試験では一問マークし忘れたし、自己PRシートでは漢字も間違えた。
それでも、ここまで上位だった。
これは驚いた。
もっとも、私の理解では、第1次試験の順位は第2次試験の得点に持ち越されない。
一次試験で何位だったとしても、最終合格を保証してくれるわけではない。
それはわかっている。
わかっているが、733人中10番台だった人間が、最終的には70番台で不合格になる。
何ともやりきれない。
一方、第2次試験の受験者は219人。
最終合格者は49人だった。
採用予定者数は50人。
まさかの採用予定者割れである。
過去2年間は、採用予定者40人に対して、最終合格者が61人から66人ほど出ていた。
今回は採用予定者数が増え、受験者数も減少傾向にあった。
だから、合格しやすくなるのではないかと期待されていた。
ところが、蓋を開けてみれば、予想よりも合格者が少ない。
倍率も前年を上回った。
公務員予備校の予想も外れた。
もちろん、私の最終順位は70番台なので、過去2年間の合格者数と比べても、合格圏内に入っていたわけではない。
それでも、採用予定者数が増えたことに期待していた私には、合格者が49人にとどまったという結果が、どうにも納得しがたかった。
合格最低点は、得点率にすると5割5分程度だった。
数字だけ見れば、それほど高い点数には思えない。
しかし、私の得点率は約4割である。
足りなかった。
特に、グループワークの得点には驚いた。
約6割。
私は8割を超えていると確信していた。
あれほど議論に貢献したつもりだったのに。
いったい何を評価していたのだろう。
もちろん、評価基準や平均点、標準偏差などはわからない。
だから、6割という得点がほかの受験者と比較してどの程度のものなのか、正確には判断できない。
しかし、自分が予想していた点数より低かったことだけは確かだ。
第1回個別面接も、約7割だった。
私としては、もっと評価されてもよかったと思っている。
何せ、面接官の女性が途中で質問に詰まり、30秒ほど沈黙する場面があったのだ。
あの面接で、受験者の能力にどれほど差をつけられるのだろうか。
今でも疑問に思う。
だが、決定的だったのは第2回個別面接である。
約3割。
私は少なくとも6割は超えていると思っていた。
プレゼンテーションが5分に収まらなかった。
面接官のボスらしき白髪の男性と、話が噛み合わなかった。
思い当たるのは、その二つである。
ただし、それぞれが何点の減点になったのかはわからない。
具体的な評価基準も知らない。
だから、正確な原因を突き止めたわけではない。
それでも、私はその二つが大きく響いたのだと考えている。
ほかにも答えられた質問はあった。
プレゼンテーションの続きを求められたし、面接官を笑わせることもできた。
だから、全体としては及第点だと思っていた。
ところが、成績開示の数字は約3割だった。
笑ってもらえたことと、評価してもらえたことは、別の話だったらしい。
不合格になった今でも、試験制度にはいくつか疑問が残っている。
まず、第2次試験の日程である。
第1回個別面接から第2回個別面接まで、私には3日間しかなかった。
一方、試験日程の組み合わせによっては、15日ほど空く受験者もいた。
つまり、準備期間が約2週間違うのである。
これは大きい。
第2回個別面接には、5分間のプレゼンテーションが含まれていた。
時間があれば、原稿を何度も読み、話す速さを調整し、ホワイトボードを使う練習もできる。
私には、その時間が十分になかった。
もちろん、3日間しかなかったから不合格になったと断定するつもりはない。
もっと準備期間があっても、同じ結果だったかもしれない。
しかし、少なくとも、受験者によって準備できる時間に大きな差があったことは事実である。
面接官は、その違いを考慮していたのだろうか。
私は疑問に思う。
また、秋季チャレンジの合格者数についても、腑に落ちない部分があった。
私は、6月に実施される採用試験の内定辞退者数などが、秋季の採用人数にも影響しているのではないかと考えていた。
秋季チャレンジには、先行する採用試験で十分に確保できなかった人員を補う役割もあるのではないか。
そう考えれば、合格者数の予想が外れることにも、ある程度説明がつく。
ただし、実際にどのような基準で最終合格者数が決められていたのかは、私にはわからない。
そして、私服受験についても考えることがあった。
この年は、私服での受験が認められていた。
私は私服で参加できたが、仕事の都合でスーツを着て来ざるを得ない人もいるだろう。
実際、グループワークではスーツと私服の受験者が混在していた。
私は、その光景を少し不思議に感じた。
服装によって評価が変わるわけではないとしても、受験者は気にするものだ。
自分だけスーツだったら、不利になるのではないか。
逆に、私服だからといって軽く見られることはないのだろうか。
そんな不安を抱く人もいるかもしれない。
公務員試験というのは、ただでさえ受験者に多くの判断を求める。
そこへ服装という新たな判断まで加わるのだから、何とも面倒なものである。
さらに、グループワークで一緒だったメンバーのうち、一人が最終合格していた。
女性の受験者だった。
私から見れば、可もなく不可もなくといった印象の人である。
それなのに、合格していた。
正直、複雑な気分だった。
あれほど積極的に発言し、議論の方向を立て直そうとしていた私が不合格で、その女性は合格している。
いったい、どこに差があったのだろう。
結局、公務員には、目立たない人物の方が好まれるということなのか。
私は、そんなことまで考えた。
公務員の仕事には、奉仕の精神や協調性が必要である。
自分の意見を主張するだけでは、組織の中でうまく働けないこともあるだろう。
最低限、自分の意見を伝え、周囲とコミュニケーションが取れれば、それで十分なのかもしれない。
しかし、私はその女性の実際の評価を知らない。
面接官が何を見て、何を評価したのかもわからない。
可もなく不可もなくというのは、あくまでも私が受けた印象にすぎない。
それでも、当時の私は、他人の合格まで自分の不合格と比較せずにはいられなかった。
公務員試験に落ちるというのは、そういうことでもある。
この記事を書くにあたって、私はもう一度、秋季チャレンジについて調べてみた。
すると、ある就活支援サイトに、神奈川県の人事課長へのインタビュー記事が掲載されていた。
求める人物像や、なぜ秋季に採用試験を実施するのかについて説明されていた。
これから受験する人にとっては、参考になるだろう。
私からも、最後に二つだけアドバイスを残しておきたい。
一つは、第1次試験の自己PRシートである。
与えられた解答欄を、できるだけ埋めること。
単に文字数を増やすのではなく、経験から何を学び、それを県政でどう生かすのかまで書くことが重要だと思う。
もちろん、基礎教養試験にも最低基準点があるので、そちらを軽視してよいわけではない。
もう一つは、第2回個別面接のプレゼンテーションである。
必ず5分間に収めること。
これに尽きる。
私なら、普通に話せば4分程度で終わる原稿を用意する。
そして、ゆっくり話して4分50秒ほどで終わるように練習するだろう。
本番では緊張するし、面接官にわかりやすく伝えようとすれば、自然と時間もかかる。
ホワイトボードを使用するなら、なおさらである。
私のように、本番で初めて使用するのは避けた方がよい。
少なくとも、私が受験した年度の試験では、5分を超えると途中で打ち切られた。
また、論作文やグループワークよりも、第2回個別面接の配点が高かった。
第2回個別面接は、配点が4倍もあったのである。
だからこそ、ここで失敗すると痛い。
私は、それを身をもって知ることになった。
受験を考えている人には、同じ失敗をしてほしくないと思う。
もっとも、これらは私自身の経験から考えたことであり、何点を取れば合格するという攻略法ではない。
私自身、最終不合格なのだから。
公務員試験を受験するということは、私にとって、こういうことだった。
次こそは受かるだろう。
来年こそは受かるだろう。
そう考えて、いつまでも受からない。
それでも、勉強を続ける。
試験の日程を調べ、ホテルを予約し、面接の対策をする。
受験先が決まれば、今度は新居を探す。
不動産会社のサイトを開き、Googleマップで知らない街を歩く。
まだ採用されてもいない土地で、頭の中だけの新生活を始める。
その生活が実現しないまま、また次の試験を受ける。
いつの間にか、そんな毎日に慣れてしまう。
同じことを繰り返しているうちに、周りの人々は少しずつ遠ざかっていく。
かつては、私も就職が決まれば人生が変わると思っていた。
公務員になり、綺麗な部屋に引っ越し、ストレスの少ない生活を送る。
そんな未来を、何度も想像していた。
今回こそは、その未来に手が届くと思った。
ところが、神奈川県庁の掲示板に、私の番号はなかった。
帰りに買うはずだったケーキも、買わなかった。
成績開示で手にした数字を見ても、納得できなかった。
第1次試験では733人中10番台。
それなのに、最終順位は70番台。
グループワークも、個別面接も、自分が思っていたほど評価されていなかった。
私は何を見て、自分は合格できると考えていたのだろう。
何を根拠に、7割方合格していると思ったのだろう。
考えても、答えは出なかった。
2度目の秋季チャレンジ試験は、私に長い長い夢を見せてくれた。
その夢と現実との落差で、私は完全に正常な思考を失っていた。

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