Aだった。
小さな紙に、手書きでAとだけ書かれていた。
もう一度言うが、AからHまであって、Aである。
私は、グループの最後尾を歩いていた。試験室へ入る直前、職員からアルファベットの書かれた紙をランダムに渡されたのだが、最後に残った紙が、よりによってAだったのだ。
やってしまった。
Aということは、最初に自己紹介をし、個人の意見も真っ先に発表することになる。
ほかのメンバーの意見を参考にすることもできない。しかも、最初の発言となれば、メンバーも面接官も注意して耳を傾けるだろう。
何とも不利な立場である。
「残りものには福がある」ということわざがあるが、実際に福などない。
人生は早い者勝ちだ。迷っていては負ける。
もっとも、今回は紙をランダムに配られただけなので、早い者勝ちも何もない。
それでも、最後に受け取ってAだったという事実が、どうにも腹立たしかった。
私がいかに優柔不断かという話を始めると長くなるので、ここでは割愛する。
さて、話を戻そう。
第1回個別面接から3日後、私はグループワークと第2回個別面接に臨んだ。
対策では、特にグループワークとプレゼンテーションに力を入れた。その方法については、長くなるので次回の記事で触れることにする。
試験会場は神奈川自治会館だった。
前日は関内駅近くのホテルに宿泊した。大雨の中を移動したことを、今でも覚えている。
翌朝、早くから会場へ向かった。
建物は古く、トイレもなかなかの代物だった。狭いうえに、和式便器が一つしかない。
これから採用試験が始まるというのに、朝から何とも気が滅入る。
指定された座席に着くと、アンケート用紙が配布された。
その年から導入された私服受験や、試験全体について意見を尋ねるものだった。当日中に提出すればよいらしい。
そうこうしているうちに、受験者が続々と集まってきた。
30人ほどいただろうか。受験番号順に集められていた。
欠席者も数名いたため、グループワークの人数には調整が入った。
まずは8人一組となり、それぞれ別の試験室へ向かう。
そこで渡されたのが、冒頭の小さな紙である。
B5サイズにも満たない紙に、手書きのアルファベット。
AからHまでの文字が、それぞれの受験者に割り当てられる。
試験中は名前ではなく、Aさん、Bさんと呼び合うことになる。
そして、私はAだった。
指定された席に着くと、面接官が入室してきた。
5人である。
いよいよグループワークの始まりだ。
面接官から、試験の進め方が説明された。
まずAから順番に自己紹介をする。趣味や試験への意気込みなど、内容は自由。
続いて、一人ずつ個人の意見を発表し、自由討論に入る。
討論では司会者を決め、最後にグループとしてまとめた意見を3分間で発表する。発表者は何人でもよい。
おおむね、そんなルールだった。
なお、グループワークで扱ったテーマや、各受験者の具体的な発言については、個人が特定される可能性があるため、詳しく書くことは控えたい。
ただし、当日の様子と私自身の考えについては、できるだけ正確に書いておこうと思う。
まずは自己紹介である。
当然、Aの私から始まった。
私は試験に対する意気込みを述べた。
ほかのメンバーには、趣味について話す人もいた。
続いて、個人の意見を順番に発表した。
予想以上に、意見がバラバラだった。
テーマは事前に発表されていたにもかかわらず、私には内容の薄い意見が目立つように感じられた。
この先、どうやって一つにまとめるのだろう。
個人の発表を終えると、自由討論に移った。
まずは司会者を決めなければならない。
皆が顔を見合わせ、互いに様子をうかがっていた。
そんな中、一人の青年が口を開いた。
「私がやりましょうか」
私は、グループワークで司会を引き受けるのは、かなり危険な選択だと思っている。
司会者には、議論を正しい方向へ導き、全員の意見をまとめ、決められた時間内に結論を出すことが求められる。
積極性を示したいからといって、安易に引き受けるものではない。
むしろ、能力がなければ、それが全員の前で露呈してしまう。
司会を務めるなら、その場を支配できるほどのコミュニケーション能力が必要だ。
私はそう考えていた。
立候補した青年は、見た目には社会人らしく、堅気の印象を受けた。
果たして、どこまでできるのだろう。
ひとまず、全員が彼に司会を任せることにした。
次はタイムキーパーである。
こちらは、司会よりも比較的引き受けやすい役割だと考えていた。
時間を確認し、必要な場面で経過時間や残り時間を伝える。
うまく立ち回れば、それだけでもグループへの貢献を示せる。
しかも、時間を伝えるついでに、自分の意見を述べることもできる。
それを知っていたのかどうか、二人が立候補した。
少しばかり譲り合いが続いた後、学生らしき男性がタイムキーパーに決まった。
ところが、結論から言えば、この男性はタイムキーパーとしての役割をほとんど果たしていなかった。
時間を知らせてくれない。
発言自体も少なく、意見の内容も、私には浅く感じられた。
せっかく自分から立候補したのに、何とももったいない話である。
一方、司会者は違った。
討論が進むにつれ、私はこの青年を高く評価するようになった。
議論が途切れそうになると、ほかのメンバーに順番に意見を求める。
人の話を最後まで聞き、自分ばかり発言しようとしない。
落ち着いているし、他人への配慮もある。
この司会者、有能だ。
私は内心でそう思った。
討論の途中、発表者を誰にするかという話になった。
「では、発表者を決めましょうか」
すると、別のメンバーが疑問を呈した。
「ところで、発表者って何人でもいいんでしたっけ。1人でしたっけ」
皆、口ごもってしまった。
私も覚えていない。
面接官は確かに説明していたはずだ。もっと注意して聞いておくべきだった。
そこへ、Dが口を開いた。
「何人でもいいんですよ」
ああ、そうか。
根拠などないが、綺麗めなDが言うのなら、そうなのだろう。
もし間違っていたら、試験に落ちたときにDを恨めばいい。
ひとまず、発表者については討論の終盤で決めることになった。
その後、各自の意見をホワイトボードに書き出していった。
書記は、ホワイトボードに最も近い席の人が引き受けてくれた。
「色んな意見が出ましたね。どうやってまとめましょうか」
いよいよ、バラバラだった意見を一つの結論へ近づけなければならない。
ここで、私の出番である。
私は、議論が本筋から外れたり、沈黙が生まれたりしたときに、討論を元の方向へ戻すような発言を何度かした。
何となく口を挟んだわけではない。
議論の流れを見ながら、意図的に発言したのだ。
自画自賛だが、私の発言によって討論が正しい方向へ進んでいったと、本気で思っている。
自分に向けられた質問にも、できるだけ具体的かつ理論的に回答した。
ほかのメンバーも納得してくれたように見えた。
少なくとも、私にはそう感じられた。
これは、私が長年苦心して身につけたやり方である。
具体的な内容まで書くと長くなるので、別の機会に譲ろう。
いずれにせよ、今回は司会者がまともな人で助かった。
この青年が議論を整理し、私も必要な場面で発言する。
グループワークは、比較的うまく進んでいるように思えた。
ただし、タイムキーパーには最後まで困らされた。
時間を知らせてくれないので、私が残り時間を伝える場面もあった。
何のためにタイムキーパーを決めたのだろう。
それでも討論は進み、発表者も決まった。
最後の3分間の発表も、無事に終了した。
私は最後まで、グループの結論を少しでも良くしようと尽力したつもりである。
グループワークを終え、控え室へ戻った。
すると、メンバーの一人が、ほかの受験者に一人ずつお礼を言っていた。
「ありがとうございました」
はい。こちらこそ。
受かるのは俺だがな。
グループワークが終わると、受験番号の早い人から個別面接へ移る。
後半の組は昼食を挟んでからだ。
私は、グループワークでは十分に力を発揮できたと思っていた。
あとはプレゼンテーションである。
これさえうまくいけば、勝機はある。
個別面接の会場は、比較的広い会議室だった。
面接官は、先ほどグループワークを評価していた5人と全く同じである。
中央には、いかにも責任者らしい年配の男性が座っていた。
残りも、中高年の男性や女性だった。
第1回個別面接とは、顔ぶれも部屋の雰囲気も違う。
まず最初に、5分間のプレゼンテーションがある。
ホワイトボードは任意で使用できる。
ここで、私は思いがけないことを知らされた。
5分が経過すると、プレゼンテーションは強制的に打ち切られるのだ。
試験案内には「5分間のプレゼンテーション」と書かれていた。
しかし、時間を超えたら途中で打ち切られるとは、私が確認した限り、説明されていなかった。
本番でそのことを知り、一気に不安になった。
私は、5分ぎりぎりの原稿を用意していたからだ。
しかも、仕事が忙しく、十分に練習できていなかった。
これはまずい。
今さら原稿を短くするわけにもいかない。
とにかく、時間内に話し終えなければならない。
プレゼンテーションが始まった。
私は早口で、用意した内容をまくし立てた。
ホワイトボードも使った。
本番で実際に使うのは、これが初めてだった。
マーカーを手に取り、意欲、向上心、行動力をアピールする。
練習不足は否めない。
それでも、何とか最後まで伝えなければならない。
あれほどグループワークでは他人の役割や時間配分を気にしていたのに、今度は自分の持ち時間が気になって仕方がない。
そして、現実は非情だった。
「5分経過しました。そこまでにしてください」
面接官の声が聞こえた。
終わってしまった。
いや、終わらされてしまった。
私は、話し終えることができなかったのである。
手に持っていたマーカーを置く。
その動作を利用して、私は面接官から視線を外した。
最悪のスタートだった。
第1回個別面接では、面接官の30秒の沈黙をあれほど長く感じた。
ところが今度は、5分間が足りなかった。
もっとも、時間内に終わらせられなかったのは私である。
面接官に文句を言っても仕方がない。
しかし、まだ終わってはいない。
プレゼンテーションは失敗したが、この後には質疑応答がある。
挽回のチャンスは十分にあるはずだ。
そう思っていた。
面接官から質問が飛んだ。
「じゃあ、今ここで〇〇してみて」
私は答えた。
「××は##ではなく、$$ということです」
すると、面接官は言った。
「全然わからないね」
全然わからない。
その言葉が返ってきた。
つい先ほどまで、私はグループワークで自分の発言が討論を正しい方向に導いていると確信していた。
ほかの受験者の意見を評価し、司会者の能力を認め、タイムキーパーの仕事ぶりに不満を抱いていた。
そして、心の中でこう考えていた。
受かるのは俺だがな。
ところが今、私の説明は、面接官に理解してもらえていない。
少なくとも、面接官はそう言っている。
ここから、私は坂道を転がるように評価を下げていく。

コメント