受験票は厚紙で用意しなければならない。
当時の神奈川県秋季チャレンジの受験案内には、そう書かれていた。
ほかにも、受験票と確認票を切り離すこと、ハガキサイズに切り取ることなど、細かな指定があった。
私は、こういう決まりをきちんと守る人間である。
自宅にプリンターがないので、コンビニで印刷した受験票を厚紙に貼り付け、指定された大きさに切り取った。
手間はかかったが、要項に書いてある以上は仕方がない。
ところが、試験当日の受付で、信じられないものを見てしまった。
目の前の受験者が、ペラペラのA4コピー用紙に印刷した受験票を提示しているのである。
厚紙でもなければ、ハガキサイズでもない。
一体、どういうつもりなのだろう。
公務員になろうという人間が、採用試験の注意事項すら守っていない。なかなかの失態である。
しかも、受付の職員は、その受験者に確認票を切り取るよう指示しただけだった。
周囲を見渡すと、同じように薄いコピー用紙を持参している受験者が、ほかにもいる。
そして、どうやら全員、問題なく受け付けてもらっている。
私は怒り心頭だった。
こちらはわざわざコンビニで印刷し、厚紙に貼り付け、指定の大きさに切り取ってきたのである。
それが、ペラペラの紙でも通用するというのか。
もちろん、紙の厚さが違うという理由だけで受験を認めないのは、いささか厳しすぎるだろう。
しかし、せめて注意くらいはしてもらいたい。
決まりを守った人間と守らなかった人間が同じように扱われるのは、どうにも納得がいかなかった。
もっとも、そもそも受験票を厚紙にする必要があるのだろうか。
おそらく、管理上の都合なのだと思う。それなら、受験者にわざわざ厚紙を用意させずに済む方法を考えればよいではないか。
決まりを守らない受験者には腹が立つ。
その一方で、そんな決まりを作った側にも文句がある。
我ながら注文の多い受験者である。
さて、話を少し戻そう。
今回の第1次試験会場は神奈川大学だった。
学生時代に受験したときは日本大学だったので、毎年同じ会場が使われるわけではないらしい。
私は片倉町駅からバスで向かう予定を立てていた。
しかし、お目当てのバスが時間になっても来ない。
バス乗り場も複数ある。どのバスに乗ればよいのか、だんだんわからなくなってきた。
朝から勘弁してほしい。
何度も調べ直し、20分ほど待って、ようやく神奈川大学前に止まることが確実なバスに乗れた。
時間には余裕があったので、遅刻の心配はなさそうだった。
それでも、朝からイライラしてしまった。
試験会場に到着すると、受付にはそこそこの列ができていた。
そこで先ほどの、ペラペラの受験票を目撃したわけである。
無事に受付を終え、自分の席を確認してから、今度はトイレに向かった。
長蛇の列だった。
わかってはいたが、実際に目にすると嫌になる。
校舎の外にあるトイレには、これから試験を受けようという公務員予備軍が、延々と列を作っていた。
スマホを弄る者。頭を垂れ、何かを諦めたような顔をしている者。
待っていれば、いつかは自分の番が来る。
実に日本人らしい光景ではないか。
誰も列を乱さず、自分に割り当てられる順番を待っている。
私は、その様子を眺めていた。
そして、私も並んだ。
周囲の空気に溶け込むように。
ところが、一向に列が進まない。
結局、私はトイレを諦め、自席に戻ることにした。
後にも先にも、試験会場に着いてからトイレに行かなかったのは、これが初めてである。
幸い、ホテルで用を足しておいたので、試験中に困ることはなかった。
前泊してよかった。
最初の試験は、基礎教養試験である。
以前受けていた教養試験よりも、全体的に簡単な印象だった。特に数的処理は解きやすかったと思う。
一方、苦手な英語は最後に回した。
まともに取り組んだところで、どうせわからないのがオチである。
残った時間で適当に解答欄を埋めた。
すべての問題に取り組み、軽く見返していると、試験終了の鐘が鳴った。
そのときだった。
マークシートに、一つだけ空欄がある。
やってしまった。
英語の問題を後回しにして、まとめてマークした際に、一問だけ塗り忘れていたのだ。
救いだったのは、塗り忘れた箇所から先の解答を一つずつずらしてしまったわけではなかったことだ。
被害は一問で済んだ。
しかし、一問はデカい。
そもそも、まともに解いていない問題である。正解できたかどうかは怪しい。
それでも、適当にマークしておけば、正解する可能性はあった。
空欄では、その可能性すらない。
受験者の多い試験だ。たった一問で合否が分かれることだって、ないとは言い切れない。
私は、解答用紙の回収中に、こっそりマークしてやろうかと思った。
だが、できなかった。
私は誰よりも公務員気質だからだ。
形式を重んじ、不正は許さない。
試験終了の鐘が鳴った以上、そこから答案に手を加えるわけにはいかない。
もちろん、マークしたいという気持ちはあった。
しかし、それとこれとは別の話である。
結局、私は空欄のまま解答用紙を提出した。
公務員試験で、公務員らしく規則を守った。
その結果、一問を失った。
次は自己PRシートである。
こちらは、学生時代に受験したときと質問事項がほとんど変わっていなかった。
志望動機、挫折経験、力を入れて取り組んできたこと。
いずれもオーソドックスな質問だった。
私は学生時代の反省から、自己PRシートの対策には十分な時間をかけていた。
ここで、後に第1次試験を通過した者として、二つほど書いておきたい。
一つは、与えられた解答欄をできるだけ埋めること。
もう一つは、自分の経験から何を学び、それを県政にどう生かすのかまで言語化しておくことである。
特に社会人であれば、仕事を通じて得た学びを、行政の仕事に結びつけて考えることもできるはずだ。
単に過去の経験を紹介するだけで終わらせない。
少なくとも私は、その点を意識した。
あとは、書くしかない。
とにかく書かなければ、評価してもらうこともできない。
今までの就職活動で培ってきた自己分析を総動員し、私は一心不乱に書き続けた。
急いでいたので、漢字を二か所ほど間違えた。
それでも、何とか最後まで書き終えた。
そして、答案の回収が始まった。
ところが、ここでまた事件が起きた。
斜め前に座っていた女性の受験者が、解答用紙の回収を拒んでいるのである。
女性の試験官が答案を回収しようとしても、受験者は手で押さえたまま離さない。
「試験終了です」
そう告げられても、動じる様子はなかった。
なおも、解答用紙を押さえている。
困り果てた試験官は、別の試験官に助けを求めた。
「〇〇さん! 〇〇さん!」
しかし、誰も来ない。
ほかにも試験官は四、五人ほどいたと思うが、どういうわけか、助けを求める声に気づかないようだった。
これは一体、何の試験なのだろう。
私は公務員試験を受けに来たはずなのに、目の前では、試験官と受験者が一枚の答案をめぐって押し問答をしている。
こんなときに、誰も助けに来ないとは。
私は、これだから公務員の世界は特異なのだと、内心で悪態をついていた。
もっとも、目の前にいる試験官が全員公務員なのかどうかも、私にはわからない。
それでも、この一場面を見ただけで、組織のあり方にまで考えが及んでしまうのだから仕方がない。
そもそも、その女性の受験者は、試験中ずっと寝ていたように見えた。
私は、その姿を見ながら、もう諦めたのだろう、不合格決定だな、と勝手に考えていた。
同時に、こんな態度の受験者に負けてたまるか、とも思っていた。
だから、答案もほとんど書けていないのではないかと想像していた。
それなのに、今度は解答用紙を離そうとしない。
少しでも書き足したかったのだろうか。
それとも、思うように答えられなかった自分に腹を立てていたのだろうか。
理由はわからない。
わからないが、その間、周囲の受験者たちが彼女に好奇の視線を向けていたことだけは確かだった。
私もその一人である。
私がマークシートの空欄を見つけたときには、もう試験終了の鐘が鳴っていた。
だから、何も書き加えなかった。
一方、彼女は、終了を告げられても答案を手放そうとしなかった。
私には到底できないことだった。
一分ほど経っただろうか。
ようやく彼女が解答用紙から手を離した。
試験官は答案を回収し、騒動は終わった。
試験会場は、何事もなかったかのように元の静けさを取り戻した。
同じ日には、論文試験も実施された。
論題は、たしか「人生100年時代での生きがいの創出について」だったと思う。
これは私にとって関心のあるテーマだった。
神が味方した。
論文試験で重要なのは、主張に一貫性があり、それを支える理由や根拠が示されていることだと思う。
もっとも、こんなことは論文対策のテキストを開けば、どこにでも書いてあるだろう。
とにかく、すべての試験が終わった。
帰りは白楽駅まで歩いた。
駅には、大量の公務員予備軍が溢れかえっていた。
誰も彼も、顔が暗い。
事情を知らない人が見れば、悪徳セミナーから帰ってきた集団だと思ったのではないか。
私はそんなことを考えながら、駅へ向かった。
もっとも、私自身はある種の達成感に包まれていた。
バスがなかなか来ない。
トイレには行けない。
受験票をめぐって腹を立てる。
マークシートを一問塗り忘れる。
答案の回収中には、受験者と試験官の押し問答まで目撃した。
随分といろいろなことがあった。
それでも、とにかく試験は終わったのだ。
その後は、会社で働きながら合格発表を待った。
私は不合格には慣れている。
これまで、さんざん落ちてきたからだ。
ただし、今回は学生時代のリベンジでもある。
二年前に不合格になった試験を、社会人になってからもう一度受けた。
ここでも落ちれば、私はいよいよ本当の無能になれるのではないか。
そんなことを考えていた。
合格したくて受験したはずなのに、どこかで不合格を期待している自分もいた。
クズらしい考え方である。
いよいよ合格発表の日が来た。
合格者の受験番号が掲載されたページを開く。
上から順番に番号を追っていく。
番号は飛び飛びだった。
そして、その中に自分の受験番号を見つけた。
合格。
第1次試験に通過していた。
本来なら、喜ぶべきなのだろう。
しかし、私は素直には喜べなかった。
学生時代に受かっておきたかった試験である。
あれから二年も経って、ようやく一次試験に合格したのだ。
随分と遠回りしたものだと思った。
しかも、今回はマークシートを一問塗り忘れ、自己PRシートでは漢字を間違えている。
そんな答案でも、合格してしまった。
あれほど厚紙の受験票にこだわっていたくせに、肝心の答案は間違いだらけだったわけだ。
後日、合格通知が郵送されてきた。
第2次試験の日程は、申込みのときに予想したとおりだった。
第1回個別面接も、第2回個別面接も、それぞれ最初の日程である。
会社を休む日が読めたのはよかった。
しかし、今度は面接の準備をしなければならない。
しかも、時間がない。
私は多忙な仕事の合間を縫って、対策に奔走することになった。
申込開始直後に手続きしたおかげで、面接の日程は思惑どおり早くなった。
今度は、その日程に私自身が追い立てられる番だった。


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