面接官が黙ってしまった。
「えーっと……」
手元の書類に目を落としたまま、次の質問が出てこない。
30秒ほどだったと思う。
人生で最も長い30秒だった。
私は公務員試験の面接を受けに来たのである。
まさか、面接官のほうが質問に困るとは思わなかった。
第1次試験を通過した私は、神奈川県職員キャリア開発支援センターで実施される第2次試験に臨むことになった。
まずは第1回個別面接である。
当日の朝、私は会社に電話をかけ、仮病を使って半日休むことにした。
転職活動をしていることは、会社には知られたくない。
かといって、試験の日程を自分で選ぶこともできない。
Part.1で書いたとおり、申込時期を工夫したことで、第2次試験の日程はある程度予測できていた。
しかし、何時に終わるかまではわからない。
丸一日休むことになれば、職場への後ろめたさも大きくなる。
できれば、半日で済ませたい。
そんな事情を抱えながら、私は会場へ向かった。
受験者は受験番号順に部屋へ集められ、試験の説明を受けた。
最初に実施されたのは適性検査である。
これまで数々の公務員試験を受けてきたが、この形式の検査は初めてだった。
もっとも、極端な回答さえしなければ、それほど影響はないのではないか。
私はそう考え、深く悩まずに回答した。
続いて面接カードの記入と、申込時に申請した特別な活動実績の確認が行われた。
活動実績を申請した受験者は、自分の受験番号が呼ばれると、職員のところへスコアや賞状を持っていく。
私はその光景を眺めながら、面接カードを記入した。
内容は、学歴、職歴、志望動機、長所と短所、普通自動車運転免許の有無など、ごく一般的なものだった。
この面接カードは、3日後の第2回個別面接で使用される。
記入中はメモを参照できたし、指定された時間までに提出すればよかったので、それほど苦労はしなかった。
途中で休憩時間も設けられていたと思う。
問題は、その後の面接である。
受験手順が少々ややこしい。
一つの控え室には、70人ほどの受験者が集められていた。
その受験者を受験番号順に7人ずつのグループに分け、各グループの若い番号の人から面接室へ向かう。
面接が終わった人は控え室に戻り、ホワイトボードに書かれた自分の受験番号を消す。
そして、控え室に残っている人は、自分の二つ前の受験番号が消されたら面接室へ向かい、扉の横にある椅子で待機する。
つまり、ホワイトボードから番号が一つずつ消えていくことで、次の受験者が動く仕組みである。
よく考えられた方法なのかもしれない。
ただし、面接が何時に終わるかは、どのグループの何番目になるかによって変わる。
早い人なら14時前には終わったと思うが、順番が後ろになれば、それだけ帰る時間も遅くなる。
この順番は、実際にグループ分けされるまでわからなかった。
私は幸いにも前半の組だったので、待ち時間は短かった。
もし後半だったら、会社を一日休まなければならなかっただろう。
仕事をしながら転職活動をするというのは、なかなか面倒なものである。
さて、いよいよ面接だ。
前の受験者が扉から出てきた。
次は私である。
心臓が高鳴る。
まもなく、若い男性が呼びに来た。
「失礼します」
扉を開けると、そこは小さな会議室だった。
閉塞感があり、決して広いとはいえない。
さながら、公務員受験生を詰問するために、わざとらしく設えられた独房である。
紋切り型の挨拶を済ませ、顔を上げる。
面接官は、若い男性と女性の二人だった。
面接の初めに、役職のない若手職員が担当しているとの説明を受けた。
二人の手元には、第1次試験で記入した自己PRシートの縮小コピーがあった。
どうやら、その内容をもとに質問するらしい。
最初は女性の面接官からだった。
「お昼は食べましたか?」
「はい。緊張していたので、量は減らしました」
まずはアイスブレイクである。
その後、志望動機を改めて尋ねられた。
自己PRシートに書いた内容を答える。
次に、学生時代に学んだことについて質問された。
これにも答えた。
基本的には、自己PRシートの記述を確認し、そこから少し掘り下げるという進め方だった。
特別に難しい質問ではない。
私は、調子よく面接が進んでいると感じていた。
ところが、三つほど質問が終わったところで、異変が起きた。
女性の面接官が黙ってしまったのだ。
「えーっと……」
手元の自己PRシートを読んでいる。
私は次の質問を待った。
しかし、なかなか質問が出てこない。
沈黙が続く。
30秒ほどだったと思う。
人生で最も長い30秒だった。
こちらが答えに窮しているわけではない。
質問する側が、次に何を聞くか考えているように見えるのだ。
私は面接を受けている。
受けているはずなのに、なぜか面接官のほうを心配したくなるような時間だった。
やがて女性は、隣の男性に声をかけた。
「じゃあ、どうぞ」
質問する役割を譲ったのである。
男性面接官からは、まず私の強みについて尋ねられた。
その強みを県庁の業務でどう生かすのか。
自己PRシートに記載した活動では、どのような困難があり、どう対応したのか。
その対応で問題は解決したのか。
いずれも、自己PRシートの内容に沿った質問だった。
私は、それぞれに回答した。
「そうですか。それでは面接は以上です」
終わった。
「ありがとうございました」
私は挨拶をし、面接室を出た。
正直、レベルが低いと思った。
もちろん、質問自体は答えにくいものではなかった。
問題はそこではない。
面接官が質問に詰まり、受験者の前で長い沈黙が生まれてしまう。
そのような進行で、受験者の能力や適性を十分に評価できるのだろうか。
そんな疑問が残った。
ところが、面接室の扉を開けた途端、別の問題が待っていた。
椅子に座っていた次の受験者が、私に話しかけてきたのである。
「あの、前の前の人が受験番号を消さずに帰っちゃったんですけど」
「は、はあ」
それは私に言われても困る。
控え室のホワイトボードから、自分の受験番号を消して帰る。
そう説明されていたはずだ。
にもかかわらず、その手順を守らずに帰ってしまった人がいるらしい。
まったく、勘弁してほしい。
規則を守らない人間には腹が立つ。私なら、そんな受験者は不合格にしてもらいたいくらいである。
しかし、目の前の受験者にそんなことを言ったところで、何の解決にもならない。
そもそも私には、どうすることもできない。
結局、何とも間の抜けた返事をしたまま、その場を離れた。
私はきちんと控え室に戻り、自分の受験番号を消した。
これで、私の第1回個別面接は終了である。
帰りは、そのまま職場へ向かった。
試験のことは、いったん忘れることにした。
3日後には第2回個別面接が控えている。しかも、今度はプレゼンテーションまである。
面接官のことを考えている余裕など、本来はない。
それでも、あの30秒が頭に残った。
面接官には、質問のマニュアルのようなものが用意されていないのだろうか。
どの受験者にも共通して尋ねられる質問を、あらかじめ考えておくことはできないのだろうか。
もちろん、面接では予想外の回答が返ってくることもある。
だからこそ、質問を組み立てる力が必要なのではないか。
私は、面接官の対応に疑問を感じた。
その場で面接官のほうを面接してやりたい気分だった。
「質問に詰まったとき、あなたはどのように対応しますか」
そんなことを聞いてみたかった。
もっとも、実際にそんな質問をしていたら、どんな評価を受けただろう。
私は面接官ではない。
採点される側の受験者である。
ただ、ここで言いたいのは、若い面接官個人が悪いということだけではない。
むしろ、私が問題だと感じたのは、面接官を担当させる組織のあり方だった。
若手職員に採用面接を任せるのであれば、十分な準備や支援が必要なのではないか。
面接官向けの研修は行われていたのだろうか。
質問に困ったときの対応方法や、面接の進行について、どの程度の指導があったのだろうか。
実際のところはわからない。
あの30秒だけで、研修がなかったと断定することはできない。
しかし、少なくとも私は、面接官が質問に詰まる場面を目撃した。
それによって、神奈川県の採用面接に対する印象が悪くなったのも事実である。
面接官を務めた若手職員にとっても、あの沈黙は望ましいものではなかったのではないか。
私はそう考えた。
どこの組織でも、若手のミスは上司の責任だと思う。
経験の浅い職員に仕事を任せるなら、任せっぱなしにしてはいけない。
必要な指導を行い、困ったときに対応できる仕組みを整える。それも組織の仕事ではないだろうか。
もちろん、実際にどのような準備が行われていたのかは知らない。
それでも、あの面接を受けた私は、そう考えずにはいられなかった。
面接官の能力を評価するのは誰なのだろう。
少なくとも、私ではないらしい。
私は受験者である。
そして、3日後には再び面接を受けなければならない。
今度はプレゼンテーションまである。
人の面接を批評している場合ではなかった。
まずは、自分が話す内容を覚えなければ。

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