不合格通知にしては、厚すぎた。
私は、自宅のポストから取り出した封筒を手に、しばらくその厚さが気になっていた。
差出人は、神奈川県人事委員会。
秋季チャレンジの結果通知である。
受験者全員に郵送されることになっているので、届くこと自体はわかっていた。
そして、中身もわかっているはずだった。
不合格通知である。
私はすでに、神奈川県庁まで足を運んで合格者の掲示を確認し、その場で成績開示も受けている。
最終順位は70番台。
合格者は49人。
何度確認しても、自分の受験番号はなかった。
それでも、心の整理はついていなかった。
秋季チャレンジに落ちてからというもの、私はすっかり生気を失っていた。
何かの間違いではないか。
そんな疑いを、まだ捨てきれずにいたのである。
そこへ、神奈川県人事委員会からの封筒が届いた。
しかも、妙に分厚い。
これは一体、どういうことだ。
私は、これまで様々な自治体の公務員試験を受験してきた。
そして、何度も不合格通知を受け取ってきた。
だから、不合格通知には詳しい。
自慢することでもないが、封筒を開ける前から、だいたい中身の見当がつくのだ。
A4の紙が一枚。
それを三つ折りにしたものが入っている。
不合格通知というのは、実に薄くて軽い。
封を切らなくても、不合格だとわかってしまう。
ところが、今回の封筒は違った。
明らかに厚い。
不合格なのに、厚いだと……。
もしかして!?
私は、思いもよらない可能性に気づいてしまった。
本当は、合格しているのではないか。
県庁に掲示されていた受験番号の一覧が、間違っていたのではないか。
職員が何らかのミスをしたのかもしれない。
そうだ。
そうでもなければ、わざわざこんな分厚い封筒を送ってくる理由がないではないか。
もちろん、成績開示の結果まで受け取っている。
そんな可能性がどれほど低いかは、私にもわかる。
しかし、私はそれまで、合格を信じて試験を受け続けてきたのだ。
第1次試験では、733人中10番台という順位だった。
グループワークには手応えがあった。
面接で失敗した部分もあったが、全体としては及第点だと思っていた。
それなのに、最終不合格。
どうしても納得できなかった。
だから、封筒の厚さ一つで、もう一度合格を信じる気になってしまった。
私は半信半疑のまま家の扉を開け、部屋に入ると真っ先に封を切った。
中から書類を取り出す。
そこには、こう書かれていた。
あなたは、さきに実施した平成●●年度神奈川県職員採用試験Ⅰ種試験を受験されましたが、総合判定の結果、残念ながら不合格となりましたので、通知します。
不合格。
やっぱり。
わかってはいた。
わかってはいたが、期待してしまったではないか。
神奈川県も、なかなか性格が悪い。
もちろん、県が私を期待させるために封筒を厚くしたわけではないだろう。
しかし、結果を知っている人間に、わざわざもう一度合格を想像させておいて、結局不合格を突きつける。
少なくとも、私にはそういう仕打ちに感じられた。
では、なぜ封筒が厚かったのか。
答えは簡単だった。
不合格通知のほかに、三枚も余計な紙が入っていたのである。
そのうちの一枚には、こんな表題が記されていた。
「神奈川県臨時的任用職員(一般事務職)候補者への登録について」
さらに、次のような説明が添えられていた。
この案内は、神奈川県職員採用Ⅰ種試験・行政(秋季チャレンジ)1次合格者の皆様を対象に送付しています。
職務経歴書や連絡票も入っていた。
なるほど。
そういうことか。
秋季チャレンジで第1次試験に合格した人には、臨時的任用職員の候補者登録について案内するらしい。
正職員の採用試験に落ちても、臨時的任用職員として働く可能性はあるというわけだ。
ちなみに、これは候補者登録の案内であって、登録すれば必ず採用されるという話ではない。
勤務する地域を選べるようにもなっていた。
神奈川県内のどこで働くかは、県職員を目指すうえで考えておかなければならない問題なのだろう。
ともあれ、これで封筒が分厚かった理由がわかった。
合格通知が入っていたわけではない。
別の仕事の案内が入っていただけだった。
私は、猛烈に腹が立った。
正職員になりたくて、学生時代から公務員試験を受け続けてきた。
社会人になってからも、仕事をしながら勉強し、予備校に通い、試験のためにホテルを予約してきた。
ようやく第1次試験に合格した。
グループワークと2回の個別面接を受け、今度こそ県庁職員になれるかもしれないと考えた。
採用された後の新居まで探していた。
ところが、不合格だった。
そして、郵送されてきた不合格通知には、臨時的任用職員の候補者登録の案内が同封されていた。
要するに、正職員としては採用しないが、別の形で働く道もあるということか。
神奈川県はがめついな。
自分たちの人手が足りないから、不合格になった受験者にも声をかけているのではないか。
こんなことをしているから、内定辞退も出るんじゃないのか。
私は、そんなことまで考えた。
もちろん、実際の県の意図など知らない。
人員不足を補うためだったのか、受験者に別の就業機会を知らせるためだったのか、その両方なのか。
私にはわからない。
そもそも、この案内は第1次試験合格者全員を対象としている。最終不合格者である私だけに送られたものではない。
それも、文面を読めばわかる。
わかるのだが、腹は立つ。
私は、正職員の採用試験に落ちたばかりなのだ。
そこへ別の任用形態の案内を同封されても、素直にありがたいとは思えなかった。
念のため書いておくが、私は臨時的任用職員の仕事を見下しているわけではない。
公務員の仕事を経験したい人もいるだろう。
次の採用試験まで働きながら勉強したい人にとっては、一つの選択肢になるかもしれない。
勤務地域を選べることも、人によっては有益な情報である。
だから、この記事でも案内の内容を紹介しておく。
しかし、それと私自身の気持ちは別の話だ。
私は、臨時的任用職員になりたくて秋季チャレンジを受験したわけではない。
正職員になりたかったのである。
何度も不合格を経験し、そのたびに自分の能力を疑い、それでも諦めずに受験してきた。
そして、ようやく最終試験まで進んだ。
その結果が、不合格だった。
その不合格を告げる封筒に、別の仕事への「ご案内」が入っている。
言葉遣いは丁寧だ。
制度としても、合理的なのかもしれない。
しかし、夢が潰えたばかりの人間にとって、合理的な案内が必ずしもありがたいとは限らない。
私は、正職員として採用されなかったという結果を、もう一度受け取った気がした。
思えば、今回の秋季チャレンジでは、紙の扱いにずいぶん振り回された。
第1次試験では、受験票を厚紙に貼り付け、指定された大きさに切り取って持参した。
ところが、薄いコピー用紙のままでも受け付けてもらえる受験者がいて、私は腹を立てた。
グループワークでは、最後に受け取った小さな紙に「A」と書かれていて、それだけで自分の不運を嘆いた。
合格発表では、壁に貼り出された紙に、自分の受験番号がなかった。
何度確認しても、なかった。
そして最後は、不合格通知の封筒が分厚かったことに、再び希望を見いだしてしまった。
私は、採用試験を通じて、誰よりも人間の能力や適性、評価のあり方について考えてきたつもりだった。
それなのに、最後は紙の厚さである。
何とも滑稽ではないか。
不合格通知が一枚。
余計な案内が三枚。
封筒が厚かった理由は、それだけだった。
私が欲しかった一枚は、入っていなかった。

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